健康情報中心に

官足法とは (まとめ)

店長です。


官足法とは何か。


え?今更?


ということになりましょうが、バラバラになっていた新旧の情報をまとめる必要ありとみて、今回のテーマとさせていただきます。


1.官足法とは何か


言わずも知れた足裏健康法。故・官有謀先生が40年前に日本に持ち込んだ奇跡の健康法です。官足法というと、反射区(≒つぼ)をエイヤと突いて魔法のように病気を改善するものという誤解を生みがちですが、それも含まれはしますが、基本的に「足裏改造法」なのです。
人は足から死んでゆくとか、足は第二の心臓とかと言いますが、足裏には長年退席した老廃物が石のように固まっており、これが全身の血流を阻害するようになることで、万病の原因となっていることを、気づいた人が偉かったのです。
そして菅先生が、その足裏にしがみついた尿酸は、時間をかけて強くえぐり続けてやれば、いずれは完全に無くなり、潤沢な血行を取り戻すことができると考えました。
ならば河原の石ころを踏みつけてやれば良い。その時の痛みは老廃物の悲鳴なのだからと。
まあ、石ころでは中々やりづらいでしょうからと、ウォークマットを発明した。
これがその後難病をかかえた多くの方に健康と幸せを与えることになります。


官足法とは血液循環法


そして臨機応変に反射区を有効利用する健康法


というものです。


2.初めにウォークマットⅡありき


なければ始まりません。
それは、官足法が足裏を改造する血液循環療法であるからです。
そして重要な内臓の反射区が結構足裏に集中していることも幸いです。
ウォークマットⅡを使わないでこれらを敢行するメリットは皆無です。


3.他に必要な道具は何か


良くある質問なのでまとめをします。
まず、半年~1年は他の道具はなくても良いのです。
もちろん、あっても良いのです。が、余りあれやこれやと張り切って疲れたり、逆に非効率になっていることが多く見られます。気持ちは分かりますが、まずはウォークマット。
それぐらいの余裕で良いかと思います。
ただ、症状によっては(例えば急を要する、時間がない、重篤な症状など)、ウォークマット以外のものに頼ることは致し方ない場合もあります。乳がんであれば脇の下をどうしても揉まないといけませんし、婦人科系の重篤な病気であれば、膝裏と鼠径部も揉んだ方が良いし、足の指に特別な処置もいる。人の好みもありますが、赤棒、カニカニはさみちゃん、グリグリ棒、反射区図表、もみもみすっきり、などはあっても損はないものです。


4.足裏だけで良いのか

そういうことではありませんが、足裏の重要性が全体の9割と考えています。
ただ、高血圧や婦人科系の症状をお持ちなら、最初から膝裏を赤棒で揉む方が良いことは確かです。また、冷えとむくみは健康の大敵であり、万病の巣でもあります。
ウォークマットだけで冷えが取れないなら、徹底して足指を揉む(手揉みOK)ことが最善策です。ふくらはぎを揉むという考えがありますが、足裏と膝裏を開通させない限り、ふくらはぎはいくら揉んでも改善しません。


鼠径部リンパ節も上下半身をつなぐ大事なフィルターで、元々官足法では重視していました。とある理由で膝上10cmまでを揉む、というのがマニュアルとなりましたが、本当はちょっと違うようです。


5.ウォークマットが届いた さて


ウォークマットを目の前にして最初にすること。


できれば足湯をする。足をほぐして柔らかくしておいた方が痛みは軽くなります。
しなくても痛みに耐える覚悟はどうせ必要ですから、どちらでも構いません。


薄い夏用の靴下を履く。
裸足が良い、というイメージがあります。でもそれだと人にもよりますが足裏を固くしてしまう可能性があります。また、ペタペタと音がしてうるさかったり、肉がよじれて傷めたりする可能性もあります。効果は変わらないので薄い靴下をお履きになることを推奨します。


タオルを敷いたりして一時しのぎをするのはNGです。
痛みと向き合う覚悟が何よりのコツです。


ウォークマットに乗ったら、その時にできる最高のスピードで足踏みを20分続けて下さい。できる訳ないと思ったらできません。20分は地獄のように感じるかも分かりません。
できる最高の速度、と言ったのは例えそれが徒歩の1/10のスピードでも構わないので、20分やりきる、という感覚を身に着けてもらいたいからです。


少しづつ、前に横に後ろに移動します。真ん中の丘陵部は特に痛いでしょうが最も大事な作業場です。パスしてはいけません。
痛みは徐々に減ってゆくものなので、最初は我慢。それだけです。


6.20分経ったら


30分、1時間、10時間でも構わないのですが、できない内はとにかく20分を死守しましょう。余裕があれば見たいテレビ番組を見ながら、あるいは電話をしながら。
そうすれば以外に時間が進みます。20分にまとめた好きな楽曲などをかけきるのもいいでしょう。


終わったら白湯を500CC飲みますが、これは理想です。
そんなに飲めない人は飲めるだけで良いです。特に就寝前は、飲まないほうが良いに決まってます。夜中にトイレに起きやすくなるのは逆効果です。


白湯がいやなら、ウォークマットを踏んだあとでなく、踏む前に冷水を飲んで下さい。
排尿が目的ですから、体内で温めてから排泄する、OKだと思います。
しなければ効果がない、などということは決してありません。
ただ、血液を汚すようなコーヒーなどの水分はこの時ばかりは避けて下さい。


7.追加して棒で腎臓の反射区を揉むべきか


効果的に揉むのは難しいです。熱心にするほどタコができてお手上げになる方が急増中です。是非お控え下さい。
それなら、ウォークマットで位置関係を確かめながら、腎臓の反射区を最後に意識して刺激するのが良い方法です。写真付き解説の4番で腎臓マッサージを交互にするのがお勧めです。


8.官足法だけで良いのか


この答えは、以前の記述「官足法は必要なことの5分の一」という記事(店長ブログタイトル別早見リスト)を是非お読みください。
官足法は古来最高の健康法でありますが、健康にとって必要なことの5分の1に過ぎません。


9.初期好転反応とは


ウォークマットを初めてすぐ~1年後までに起こるものです。
いつ起こるか法則はありませんが、起きても2~3週間以内に収まるのが普通です。
好転と言いながら、必ずいやな感じで現れます。
その症状も無数にあります。
それもそのはずで、無理やり今までになかったような血行の促進作業が行われていますから、本来眠っていた問題まで冬眠から起こされる。今まで何ともなかったこようなことが次々起きだす。痛いところはより痛く。より重くなったように感じる。
人間の体には本来、十分な免疫能力と、自己回復能力が備わっています。
もしそれらが突然本来の能力を発揮し始めたら・・・?
あなたの体の警備の甘さをいいことに巣くっていた悪の種子たちに抵抗し始めるので、ちょっとの間辛いかもしれません。でも効果が現れて良かったです。頑張って下さい。


10.一生続けた方が良いか


それは、良いに決まってます。
でも本物の健康優良児になったらそろそろウォークマット踏みも面倒くさくなってきます。
のど元過ぎれば熱さを忘れますから。


完全にやめてはいけないことは確かです。
長く放置すると足裏は固くなります。
1~2日に一回、3分~10分は踏むようにしています。(当社比)
それで、足裏は維持できています。
飲みすぎた翌日などは長めに踏みます。


それくらいだと結構苦にはなりません。


そうなるように、是非。


店長でした。


人は夏に凍死する

店長です。


人は夏に凍死します。


凍死は大袈裟ですが、気をつけなくてはなりません。


夏は暑いので当然軽装になります。
ご自分の服装を見て下さい。
半袖に半パン、首の露わな丸首やVネックシャツ。
Tシャツの下は素肌。腰回りはゆったり風通しも良い。
みたいな恰好(自己申告)で、そのまま寝たりもする。


そんな恰好でなければ耐えられないこともあるでしょうけれど、大抵は家にもある扇風機やエアコンのスイッチに手が伸びるものです。


これは暑さ対策、ひいては熱中症対策にもなるので利用しない手はないでしょう。


気をつけることはこの時からです。


特にエアコン。
汗が引いて夏のうだるような暑さも蚊帳の外、快適な屋内ライフを満喫している時に水を差してさらに冷たくするようですが、問題発生です。


体が冷えるということは、冷やしてはいけない所も冷やしている、ということです。


何せ軽装のままですから。


特に警鐘を鳴らしたいのは
「首」「腰の裏」「足の指」の三か所です。


今までも事あるごとにご注意申し上げてきました。


「首」を冷やすのは汗が引く気持ちよさを満喫できて幸せです。
そこまでは良いでしょう。
すっかり熱がさめた後の首が問題です。
そのままクーラーの冷気にさらして放置していませんか。
私はかつて放置していました。
首は寒さに鈍いのです。
ふと気が付くと首が氷のように冷たくなっている時があります。


首というと、人間の体の成長と成長後の新陳代謝に大きく関わる重要な器官があることをご存じでしょうか。
甲状腺です。
細胞の死と誕生を司っています。若者なら成長ホルモンが分泌されます。逆に老化と深い関係があります。脱毛や皮膚のたるみ・しわ・くすみ、気力体力の低下、若さと逆行する多くのことがこの甲状腺の衰弱によって起こります。


首の皮一枚を隔ててこの重要な内臓がバタフライのように喉に張り付いています。
ここを冷やすと間違いなく機能は低下します。それが一時的であっても、習慣化すると元に戻らなくなります。それが体の老化だけではなく、橋本病やバセドウ病のいう病名を聞かされるきっかけになります。


更に悪いことに甲状腺の裏側には副甲状腺という、更に厄介な落とし穴があります。
こんな大切な臓器を落とし穴とは何事、ということですが、それは生活の中での不注意な冷却による弊害という意味です。


副甲状腺の機能が低下することにより多くの問題が起こりやすくなります。
副甲状腺は血中のカルシウムが不足すると骨からカルシウムを取り出して補充するという役割を持っています。この機能を低下させると、低カルシウム血症、高リン血症に発展します。指先の痺れやけいれん、皮膚の乾燥、精神不安定、神経過敏(夜中の足つりの原因)になります。
皮膚自体も過敏症になり、いわゆる敏感肌、湿疹、皮膚炎、水虫などのトラブルが多くなります。


そして現代人を最も悩ませる、アレルギー(花粉症、アトピー、食物アレルギー)の原因になると言われています。


人体の内臓の中で唯一手で触れるのが甲状腺、裏に隠れて副甲状腺。
それだけ外気に影響されやすいもの。
それが機能を失うとどんな禍に見舞われるか、理屈を知りもしないで、薬やサプリにばかり頼るのはどうかと思うのですが。


もう一つ大事なのは、脳の下方部にある「視床下部」や「脳下垂体」という脳の一部器官です。その役割の一つは、自律神経の大元であるということです。
自律神経は自分で意識しないで体に起きていることの全てです。
生命活動そのものと言えるでしょう。
また、うつ病に端を発する、精神的疾患の全てはこの脳の繊細な器官によって引き起こされています。パニック障害、不安症、対人恐怖症、統合失調症・・・・
脳下垂体の凝りは、首から伝ってくる冷気によってより強固なものになります。
首が冷える朝方にこの手の症状の悪化が見られるのは、首をさらして何の対策もせずに無防備に首を冷やすせいです。


腰の裏も冷やしやすい場所です。
自分で触ることも余りないので、もしかするとガチガチに冷えているかも知れないのに気が付きもしない。


腰の後ろに何があるのか。


あなたの大事な大事な生命の源と言っても過言ではない、「腎臓」様々がおはします。
あなたの体を災厄から守る二体の仁王様。温かい温度の中でたくさん働いてくれます。
外からすぐに冷えてしまうため、直ぐに働くのをやめてだだの木像に帰ってしまいます。


腎機能が低下すると良くないことは誰でも知っていることです。
最悪の結末は人工透析です。
必要だから二つあるのに、一個だけなら取っちゃいましょうという最終警告。
それというのも腎臓は一旦悪化すると決して治せないと言われているからです。


血液がドロドロになります。
ドロは体のあちこちにヘドロのように溜まります。
溜まって血管の内側にくっついて固くなり、動脈硬化を引き起こす、というのはほんの序の口で、血液の循環自体が悪くなる訳ですから、もはや万病の発信基地になるというものです。


健康な腎臓を冷やして徐々に悪化させてしまうかも知れない。
不健康な腎臓を冷やして悪化の途をたどるかも知れない。
それでもいいや、涼しければ、と私には開き直ることはできません。


最後に足の指。
たかが指、何で?と思われるでしょうか。
足の指が冷えると足全体が冷えます。
冷やさなくても冷たいのを冷え性といいます。
これは病気ではない。一つの状態です。
と思っていると危ないです。
冷えは万病の巣です。


特に女性は子宮を冷やして壊します。
お腹を冷やすとお腹を壊すのと同じです。
違うのは、子宮を壊すと長期化するということです。


指が冷え、足全体に広がり、腓骨筋をたどって冷えが子宮に達します。


子宮筋腫、子宮内膜症、卵巣嚢腫、子宮がん、子宮頸がん、生理不順、生理痛、不妊症。


足指が冷えるとなぜ子宮も冷えるのか、本当のことは良く分かりませんが、足が冷たい女性には婦人科の病気がある、もしくはこれからなる可能性が高い、というのはその条件を満たす女性の方の多くの悩みを聞いてきたからです。
足の冷えは子宮の冷え、というのが確信です。


これらを夏のエアコンで冷やさないこと、というのは別に、ムキになって対策を、という訳ではありません。心に意識するだけでも少しは違ってくるでしょう。
さりげない手当でもできれば良いのです。
そして、何をしても良くならない、という病気を抱える方は、このことを一度振り返ってみてはいかがでしょうか。


店長でした。




  • 2019.07.18
  • 13:36

芋パスタの可能性がすごい

店長です。

40歳過ぎるまでずっと視力は良く、1.0から1.2を行き来するぐらい。
物が見えてあたりまえの世界で生きてました。

ところが、ある時人と待ち合わせしていて、行きかう人を見ていると、どうも顔がぼんやり見えて、はっきりしないのです。目がかすむというか。何か今日は目がおかしいなあ、と思ったのですが、何とか待ち合わせの人も見つけられて、そのまま忘れようとしていました。

ところが、映画を見に行って字幕がぼやけるので、いよいよ目の病気かと思いました。
眼科を予約して検査に行ったところ、結果は視力低下でした。

近視の経験がなく長く生きたため、近視がどういうものか分からなかったのです。
原因は仕事でパソコンを使う時間が1日平均5~6時間はあったでしょうか。
それが10年も続いて目がくたびれてしまったのでしょう。
びっくりとがっかりです。
その後もどんどん視力は落ち続け、駅名の看板も読めなくなり、仕事に影響するのでとうとう眼鏡を買うことになりました。メガネが嫌いで、サングラスもほとんどかけたことがないのです。必要でないときには極力メガネは掛けずに過ごしました。
そもそも時計だって指輪だって、体に付ける道具は苦手です。結婚指輪は保管されたままだし、時計はどこかで無意識に外して無くすので、買うのをやめました。

このままもう一生メガネの世話になるかと思えば情けなく、得意の官足法でもそれを治せなかったので、ジ・エンドです。

ただ完全に諦めた訳でもなく、視力回復の方法をうたった本を買って読んだりもしました。
ブルーベリーでは治せないと考えていましたので、サプリ系は手を出しません。
ただ、ある本に書いてあったのですが、無農薬の番茶で目を洗い、温めたり冷ましたりする方法と、芋パスタを瞼の上に貼って寝るという手法が気になって試してみました。
それを始めてから8日目の朝でしたが、出勤に行く道の景色がいつもより良く見える気がするのです。その日は晴れて天気が良く、その成果とも思いましたが、いつも読めない看板の文字が読めるのです。距離のせいか、疑いはあるのですが、感覚的なものでは「見えている」気がするのです。

それで仕事を半日休ませてもらい、眼科に検査に行ったところ、以前にもブログで書いた通り、視力が前には及ばないものの、少しだけ回復したのです。それはもう、嬉しかった。
その喜びを引きずって、3ケ月ほど療法を続けましたが、それ以上の回復はありませんでした。

そして1年後には元に戻ってしまいました。

またメガネを日常的につけるようになり、車の免許の更新も、メガネをつけて視力検査を受けて備考欄に「眼鏡など」と書かれています。(今も)

それから10年、すっかり視力のことはどうでも良くなっていましたが、妻の目が白内障になる可能性があるみたいなことを診断で言われたらしく、それはだめだってことで、毎晩一緒に芋パスタを貼って寝ることにしました。

妻の症状が消えても、1~2年は貼って過ごそうということを決め、2週間ごとに芋パスタを作り、半分は冷蔵しながら1週間使い、あと半分は冷凍して最初の半分が無くなったら解凍して使うのです。

妻も、目の奥の痛みが無くなったと喜んでいたので、ずっと付き合ってくれましたが、多少かぶれやすいところがあり、時々休む。その時は私も休む、といった感じです。

1年過ぎた頃から、私は確信していました。
視力はきっと回復していると。
映画館でも裸眼で字幕が読めるようになったし、電車の向かい側の広告の文字が全部読めるのです。

右目と左目にはバラつきがあるようでしたが、車の運転も裸眼で支障なくなりました。

そこで、いよいよ眼科で視力検査の予約をしようとしましたが、視力検査だけはしないといわれ、仕方なく総合検査です。結果が出ました。左目だけ躍進的に視力を取り戻しました。
ただその後、何か検査結果で気になることがあったようで、再検査するから次週来てくれと言われ、視力検査だけで良かった私は、都合がどうの言って断りました。
で、診断書をくれとは言いにくく。手書きで紙に書いてもらうに留まり。しかもその紙、紛失です。

右:0.4
左:1.0

信憑性のなさは認めます。
真実は自分の中にあれば良い。

時間を長く続けた、というのも大きかったと思いますが、芋パスタの配合を変えたのも大きかったのではないでしょうか。

以前の報告では芋パスタの配合を、
擦った里芋が10として
つなぎの小麦粉が10
擦った生姜が2
としていました。

これを、
擦った里芋が10
つなぎの小麦粉が5~6
擦った生姜が10

という風に変えました。

以前の配合で痔疾を治した経験から、比率にこだわっていましたが、視力の回復においては多くの生姜が必要だったようです。

ただ、子供のころからの近視には効きません(例:私の妻)。
でも眼精疲労と白内障傾向の払拭には使えます(例:私の妻)。

おっと、店長ブログのバナーでは店長、メガネをかけてます。
これ、2年前の写真です。
今は全くメガネに用はなく、どこか引き出しの奥です。

これからも続けてゆきます。
もうこれ以上の回復は無理かも知れませんが、維持さえすればメガネ要らず。
というのは大きいと思います。

店長でした。


  • 2020.02.11
  • 16:35

ビワの葉エキスを常備しませんか

店長です。


インディアンの秘薬ってものがあります。
作家・桐島洋子さんの著書「見えない海に漕ぎ出して」の一説に詳しく書いてありますが、それが多くの民衆の病に効きすぎて「正式医療として認めよ」裁判になったほどの妙薬です。
今では知る人ぞ知る健康アイテムとしてひっそりと売られています。
原料は数種類の薬草のみで作られたお茶ですから少なくとも体に害はありません。
以前花粉症の人に勧めたてみたら、想像を超える効き目だったとか。
ではとりあえず何はなくとも毎日飲んでいれば良いのではないか、と値段を知らなければ思ったりします。残念ながら庶民には値段が高すぎます。お金に余裕がある方にはお勧めします。


でも私たち庶民には、前々から良くご紹介しております、芋パスタなるものが、これは内臓系には効かないけれど、皮膚とお肉と筋肉にはとても素敵な効果があります。
材料も里芋と生姜と小麦粉だけ。誰でも簡単に作れ、ある程度保存もきき、安価で、安全で、期待通りの効果を多数目撃、という、知るだけでも皆知っておいてねという、超々お勧めの秘薬です。科学的根拠は何もありません。せいぜい生姜の温シップ効果でしょうか。でも効いたらそれで良いと思っています。なぜ効くのかは興味もありません。私はこれに多くを救われました。20年来の痔疾がたったの一晩で治った話はしましたが、私が壮年になってからの近視を、0.3から1.0まで回復した(左目)話をしようと思っています。またその内に。


ここでは庶民の味方パート2である、ビワの葉についてお話ししたいと思います。
ビワの葉をホワイトリカーにつけて4ケ月ほどでできる「ビワの葉エキス」は、ネットで売っているところもありますが、これは先ほどの芋パスタよりも皮膚寄りのトラブルに効く特効薬だと思います。


水虫にはまず、効きます。
爪水虫など官足法で治しにくいものはこれがいいです。ビワの葉エキスをぬって(ラップに包み)取り替えながら1週間もすれば直るでしょう。


火傷には治療の神です。
みずぶくれができる火傷くらいなら、一晩でキレイに治ることがあります。
ケロイドになった大やけどが跡形もなく治ったという逸話もあり、私は信じます。


乾癬やアトピーに効きます。皮膚の炎症には万能だと思います。
その意味では日焼けによる炎症、かぶれ、軽いやけどにも痛みを和らげ早く治してくれるヒーラーです。


うっかり切り傷程度ならすぐに治ります。
紙ですっぱり切ったあとなど、治りにくいのもOKです。


良く足が吊る人がいます。
これはウォークマット踏みを続けることで吊らなくなります。
でも初めてすぐに、という訳でもないでしょうから、そんな時にはビワエキスを貼る。
芋パスタでもいいですが、出来合いのエキスをストックしておけば半永久的に保存がききますから心強いです。塗ったあと吊りにくくなります。試して下されば分かります。


強力な殺菌効果は有名です。
消毒や、うがいに希釈して使います。


吹き出物にはガーゼに含ませて幹部に当て、液が逃げないようにラップとサージカルテープでうまく固定しなくてはなりませんが、何日かで膿が出て小さくなり消えるのを体験しています。経験はありませんが、にきびにも効くはずです。


以前ボランティアでお年寄りの足揉みをしていた時のことです。
足揉みをする前に必ず、足湯をしてから、ビワの葉(裏面)を足裏に貼り、その上から温めたコンニャクを置いて10分ほど置く、コンニャク湿布なるものを施していました。
すると、肝臓病だという老婦人の右足のビワの葉が施術後に「肝臓の反射区」のところだけ真っ黒になっていました。さすがの私もそんなことがあるのかと驚いたことがあります。
ビワの葉が毒を中和し毒を吸い取るという説はあったのですが、反射区の毒にも反応するとは、恐れ入りました。


ビワの葉にはアミグダリンという成分があり、これがガンに効くという民間治療の怪しい伝説は今も続いております。びわの実の種にはさらに多くの(葉の千倍という)アミグダリンが含まれており、この種の芯をくりぬいて、毎日2個づつ食べていた末期がんの患者さんが癌を完治できたという実話を説いている方もいます。
実際にアメリカのとある研究機関がこのアミグダリンのみを抽出して患者に服用させてみたが、何も変わらなかったという事実もあります。アミグダリンとその他の成分による相乗効果であるかも知れませんが。私には分かりません。
癌はともかく多くの皮膚トラブルには効く。それを知っているだけでもお宝。


一人、得した気分に浸る店長でした。




  • 2020.02.11
  • 16:35

官足法は必要なことの5分の1

店長です。


お問い合わせが多くなっている問題で、ブログで書いていないことがたくさんあります。


いつか書かなくてはと思いつつ、徒に日々が過ぎてしまいます。


その一つが、官足法だけやっていれば健康になれるのか、という問い合わせです。


なれます!


と以前は堂々と言っていましたが、どうも何かがおかしい。


全く同じ症状をかかえて悩んでいる方で、同じように官足法に取り組んで、方やあっけらかんと治ってしまう。こちらも驚くほどのスピードで。
かと思えば、特に大したことのない症状に思えるのに、1年以上経っても治らない、という人もいる。もちろん体調自体はアゲアゲなのを感じていただけけているようですが、肝心の目的が達成できない、なかなか。


官足法に欠点はないのか。


以前にも書きましたが、官足法には得手不得手がある。


だから何でもかんでも官足法に頼れば良い、というものでもない。


ただ、何をやってもだめだった健康願望の方には最後の朗報だと思っていい。


よくぞここにたどり着きましたね、とおめでとうの一つも言いたくなる。


官足法は私自身も最大の経験者であり、伝え聞く限りにおいても非の打ちどころがない。


ではなぜ、中々功を奏せない人が出て来始めたのか。


それは、官足法が一つの方法としては最高の健康法である一方で、全てではない、ということが私自身余り良く分かってなかったせいであります。


例えば、官足法をもう3年も5年も続けてきて、すっかり健康には自信を持っていたのに、突然パニック障害になった。これはひたすら足の親指を揉んだら良いでしょうか。それとも他に何か有効な方法があるでしょうか、と聞かれる。


確かに、反射区を頼るなら親指で間違いないでしょう。爪揉みなんかもお勧めです。
今まで親指自体を良く揉む、ということもせず、ウォークマットだけで体調管理をしてきたなら、ここで今更ながら親指に目を向けるのも良いでしょう。


それでは、官足法のベテランなのに胃腸の調子を崩してしまった。さて、胃や十二指腸の反射区を思いっきり揉んでみるが、特に痛みもなく、やがて効果もない。
それでも揉み続けた方が良いでしょうか、と聞かれる。
揉んで悪いことなど一つもないのですが。


長年官足法をやっていて、新たに反射区治療も取り入れ、思いつく限り足をかたきと突きまくる。もしそれでも変わらなかったら?
その時はもう諦めて下さい。


と言ってしまえば情け容赦もない。
つまり、いったん官足法という一つの方法だけに頼らず、見直すべきことがあるのではないか、ということを良く考えてみて欲しいのです。


私の考える、健康にとって必要なこと。それは


1. 官足法を利用して、足裏にものが溜まらないようにすること。

これは老廃物のことですが、そんなものが溜まってしまうので、足は冷え、むくみ、血行不良となり、肩こりが発生する。これは万病の温床です。
さらに付け加えるべきは、足裏に反射区がある、腎臓の健康度アップ(できるとは言えない)を期待すべきものです。腎臓が健康なら、血液は汚れない、結果、血行不良に加担するものはいなくなる。血行良好、血液清純なら病気の克服や予防は単に副産物です。


2. 食事を偏らない。

考えればすぐ分かることで、言うほどのことではないとは思います。
官足法をやりながら暴飲暴食。肉とケーキとジュースが大好き、止められない。健康にはなれないけれど、現状のまま相殺し合っていれば良い、というのなら、どうぞ。
官足法の本にも反射区の教示とともに、「食事に注意」とあります。
どう注意すれば良いのか、どこにも答えが書いていない。
私自身それを解明するのに10年ほど色々なものを見たり聞いたり読んだりしました。健康な食事を研究する専門家の講義も聞きに行ったりしました。
結論として、病気によっては控えた方が良い食事があり、誰にとっても余り薦められないものもあるが、それよりも、偏らず、日々メニューを替え、食事自体を楽しむことが大事だと思うのです。これは良くない、と聞くと、徹底的にかたきにする。本当は大好きなのに我慢する。ストレスが溜まる。こんなことが健康に良い訳もないのです。
ほどほどに、ということで良いでしょう。


3. 適度な運動をする。


別に、ジョギングしたりハードなトレーニングをしたりは趣味として、適度な運動とは、1日平均30分ほど歩くようにする。これでOKだと思います。
それに面倒くささはありますが、朝のラジオ体操はすごく良いものだと思います。
その日一日、怪我が少なくなるかと思います。
官足法を頑張って、今ではすっかり健康を実感、これで一生病気の苦もないと思うとそれだけで幸せだ。と、それはそうなのですが。
やはり、現代人は歩かなくなった。便利が体から運動機能と筋肉を奪っています。
その結果本当の高齢者になった時、健康で歩けない人になる。
どんなに健康でも足の筋肉が衰え、寝たきりになってしまったら悲劇だ。
だから、なるべくなら電動アシストはやめ、車や電車での移動はいいが、行った先では歩くことを多くする、そんな意識と工夫が、健康でぴんぴん歩く長生きさんを作ると私は考えております。


4. 生活を見直す。


食事もそうですが、生活はその人の人生そのものです。
過労はいくら官足法でも治せません。
昼寝て夜起きる。家に閉じこもり、外の空気の味も忘れ、会話と言えばもっぱらSNS。
そんな生活ですが官足法で健康になれますでしょうか。
と言われても困ってしまいます。
まず、普通の人並みの生活をしていることは最低条件でしょう。
官足法に取り組む前に「靴」を見直せ、という教えがあります。
靴が足を締め付けている間に老廃物がどんどん溜まって固くなるという訳です。
おしゃれな靴を嗜好されている間は、官足法をお勧めできません。
それと同じで、人間の体にはリズムがあり、好みの生活があります。
朝7時に起きて散歩して陽を浴び、軽い朝食を食べて仕事をし、夜は軽く晩酌をして家族と楽しく会話し、夜の11時には就寝。休日は趣味に観光にショッピングとそれぞれ違うでしょうが、とにかく楽しんでストレスを解消。
こんな絵にかいたような健康生活が理想であることは、この先も変わるとは思いません。


5. 心の持ち方を変える


酷なようですが、心の破綻している方、官足法には馴染めません。
官足法をしても何をしても健康面で成功しない、という方には法則があります。
過剰に期待する。一喜一憂する。日々成果を求める。すぐにネガティブになる。自分の体を嘆いて泣く。疑心暗鬼になり、すぐ他のことに目が行く。そして自分が思っているほど官足法を頑張っている訳ではない。そんな方々です。
1日最低20分はウォークマットを踏んでいるのに、一向に変化がない、私には効かないのでは?
答え:たぶん効かないかも知れません。心が効かないことを望んでいるからです。
20分でだめならなぜ1時間やろうと思わないのでしょう。そんなに健康を熱望しているのに? それはきっとこの方法を信じ切れていないからだと思います。
うつ病やパニック障害などの症状に悩む方に必ずするアドバイスは、今、自分がストレスだと感じていることを、大きなものから些細なことまで全て思い出しては書き、リスト化することです。
そして今すぐ改善できそうなことはすぐに行うこと。
すぐにできないことは目標を書くこと。いつまでにどういう方法で、とかですね。
そうして心の負担を減らさない限り中々改善できません。
長くストレスにさらされてきたことが、脳下垂体を凝らせてしまいました。
気分や感情の調整が効かなくなってしまいました。
脳下垂体は親指マッサージで解しましょう、と官足法は言う。
それも正解ですが100%ではないと言い切れると思います。
病は気から、という言葉は迷信ではありません。
心が泣いていれば、体もしょげてしまいます。
ここは充分にケアするべき最大のポイントになるはずです。


このように、人の健康にとって官足法とは私の知る限り、最強の味方であり、最善の手段だと考えておりますが、同時にそれは必要な全てことの5分の1だと思っています。


官足法(ここはもしかして他の手段もあるかも知れません)、食事、運動、生活、心のケア。
これらがほどよく連携出来ていれば怖いものなどありません。


そして官足法の得手不得手を充分に理解して、不得手の部分を埋め合わせる方法を見つけられたなら、言うことはないでしょう。


私なりにそれは「芋パスタ」あったり、「ビワの葉エキス」であったり、曽根式腰痛解消法であったりと、いくつかの武器を得て、何度かサイト内でもお勧めしてきました。


どうか、一つの手段や一つのルールに流されることなく、もっと気を楽にして、続けていってもらいたいものだと思います。


店長でした。


  • 2018.08.01
  • 14:13

低血圧へとまっしぐら

店長です。


ようやく待ちに待った夏の始まり。
雲が取れ、強い日差しが窓を通過してきます。


寒いのにこりごり飽きて、暑くても何でもエアコンは使わないと誓う。


そんなこんなで、前から言いたかったのが、血圧。


CMやなんかで、「130超えたらそろそろ対策をしよう」という言葉を聞きます。


もう、呆れて笑ってしまう。


このままいくと、あと10年もすれば血圧は100以下でなくてはならないとまで言うようになるのでは?
実際降圧剤に頼って、血圧100を切って喜んでいる人もいるんです。
そんなに早死にしたいのかなあ、と心で手を合わせてしまいます。


私は若い頃から血圧だけは変わらない。
125前後と、どちらかというと低い方。
官足法をするようになっても変わらなかったので、少し残念な感じさえ抱いていました。


そんな低血圧手前の私に朗報。
130以下が良い血圧だという。
皆さまには悪いですが、繰り上げ当選という訳。
そろそろ都知事選も近い。


そんな馬鹿なというのが本音。


そもそも前から書いてきたのは、もともと血圧は160までOKだった。
それが何の根拠もなしに150までとなり、140までとなった。
はい、その時点で官足法は落選です。
なぜなら官足法で言う血圧の理想の数値は144だからです。
これは今や「いつのまにか高血圧」。
「いつのまにか骨折」に並ぶ新名物です。


血圧上限値が10下がると高血圧の患者が500万人増えると言われています。
消費税を10%上げると国の赤字はかなり解消できるでしょう。
それさえできずにいるのに、血圧は簡単に10下げられる。


今はそれが130はちょっと危ないよ、というつぶやきだけでまあ、200万人やそこら医療と健康食品のお得意さんが増えていることでしょう。


次は、130を超えない対策として、120くらいを目標にしましょうというに違いない。
私は既に目標達成。次には私の数値でも高血圧となるのは、生きている内にあるかも知れません。


入院している重篤患者に起きることでお医者さんが恐怖するのは、急に血圧が下がることです。下がり切った先には心停止が待っています。
では高血圧の何が怖いのでしょうか?


高血圧がもたらすもの。


動脈硬化。心疾患。脳卒中。


確率としてある、という話。すぐそうなるということでもありません。
必ずそうなるとは誰にも分からない。
なぜなら、なぜ血圧が高くなってしまったのか、の答えがないからです。


なぜかは分からなくても、血圧が高い、ということは、体が必要と感じてやっていることであることくらい分かるはずです。風邪を引くと殺菌のために熱が出る。あれと同じです。
ところがその熱も薬でさましましょうという、おせっかい。
それで風邪は長引き、患者のお客様も長持ちするという仕組みです。


必要なのに血圧を薬で下げられた後はどうなるんでしょう。
恐ろしい体の沈黙に耐えられるなら、なぜ高血圧が怖いのか。


病院でふとした検査を受ける。
最も多いのは健康診断。
この時まで日常生活に何の支障も感じず、体の具合の悪い所もなかった。
それなのに、診断で高血圧となると、その瞬間から健康な病人だ。
お薬手帳を渡され、薬をしっかり飲んで記録するよう言い渡される。


さて、もう2年ほど先に診断を伸ばしていたら、もしかしたら何事もなくもう2年は平穏な日常が過ごせたのに、刑期が早まってしまいました。あなたは病人と言う檻の中で西洋式管理のもと、新たな生活を始めなくてはなりません。

6種類ほどあると言われる降圧剤。
見たこともない薬にはなくてはならない副作用があります。


それを羅列すると、飲まなくてはならないのに、聞かなくてもよかった恐怖を感じた、どうしてくれる、ということになるので、興味のある方はご自分で調べて下さい。
ネット上に山のように情報があります。


店長でした。


  • 2016.07.29
  • 13:17

自分が可愛い だからこそ人を思いやろう

店長です。


限られた人生です。
自分のためにしたことは何も残らないが、人のためにしたことは残る。
そう思った方が良いと思っています。


私の祖父の妹(大叔母)は戸野村操と言って、「おばあちゃんの知恵」など、家事の裏技などをまとめた本を多数出版していました。日本女子大学の名誉教授でした。
と言っても、私はこの方を知りませんでした。
19歳で上京、27歳で結婚し、40歳を過ぎるまで、同じ東京に住んでいて、会ったことがありません。
私は親の勧めで自分で電話をし、一度会いに行ってみました。
実際に会ってみると、たびたび会いたいとは思わなかった。
ご本人の名誉のため、それ以上はノーコメントです。
生涯独身で亡くなりました。


本も沢山出版し、弟子のような人たちも家に出入りし、多趣味でした。
詩吟をし、皮工芸をし、特に書を大事にしていました。
それは折り曲げも巻きもせず、1枚1枚、間に白紙をはさみながら、板の間に積み上げられていました。


マンションでしたが、老朽化して取り壊すことが決定したので、ある日、引っ越しを手伝って欲しいと言うので、訪ねました。
引っ越しの業者がほとんど運んでくれるものですから、さほどすることもありません。
次々に所狭しと積まれた、趣味のものなどを運んでゆくわけですが、その度に、「これはすごく大事なものだから、ちょっとでも傷つけることは許されない」と言い、係りの手を止めさせます。特に習字の紙は破れやすいので本当に必死でした。


とっくに80歳を過ぎるご高齢でしたから、引っ越しの後、2年ほどして自宅で倒れ、入院したとの知らせ。板橋区の病院でしたが、行ってみると一つの部屋に10人以上の白髪のご老人女性が、ベッドを連ねているのです。
見た目が誰も同じようで、順番に一人ひとり顔を見て回り終えたのですが、見つけることができません。そもそも、倒れる前は髪を黒く染めていたのが、白髪に戻って、それだけで見分けがつきにくくなっています。
部屋全体が白。
ベッドもシーツも布団も白。
着衣も白、髪の色も白。
肌の色も悪く白っぽく、皆痩せこけて、それはある種、不思議な光景でした。
ようやく見つけた大叔母は、声をかけると、元気もなく、弱弱しく、か細い声で応えました。


その大叔母も間もなく亡くなり、同じ東京にいる親戚(私の父の姉の家族)が、遺品などの後片付けをしました。一度だけ私も呼ばれ、大叔母の執筆した本や、寄贈された本がたくさんあるが、欲しいものがあれば持っていけというので、数冊選んで持ち帰りました。これが唯一の形見分け。


大叔母がものすごく大事にしていた趣味のものや、習字の書などは、価値もないということであっさりゴミに出されてしまいました。
人のために書いた本は今でも残り、自分のために集めた趣味のものは、死後全て処分される。
この現実を見て、心に残るものがありました。


そして、生涯自分の思う通りに生きることは構わないが、何も残らない、ということ。
姪孫(てっそん)という、遠い親戚かも知れないが、私にはその程度の記憶しか残らなかった。
それは、大叔母自らは何も接する気がなかったことの結果。
それが悪いということではない。
亡くなる時に全てが満足であればそれも良しだ。
そもそも自分の痕跡を世界に残してゆこうなんて思ってもそうそうできるものではない。
70億人もの人間がいる。


ただ私はできるだけ自分以外の誰かを意識して生きていきたいと思っています。
それが家族だけでも良しとします。
それは普通では?と思うかも知れませんが、意外とできないもんです。


自分が可愛い。
自分だけでも健康で長生きしたい。
お金持ちになって好きなことをしたい。
大きな家に住んで、人々に尊敬された。
そんなことはただの一度も思ったことない?
思うのが人間です。
思いながらも、誰かのために何かしたらいい。


そんな矛盾へのチャレンジ。
それを人生だと定めていようと思います。


店長でした。


品川プリンスホテル 姪の謝恩会に呼ばれて

  • 2017.03.28
  • 08:03

心が顔に出る 病が足に出る

店長です。


誰でも間違いをおかします。
完璧な人なんていない。
完璧なら人なんかやってない。
問題は、間違えた時、人に迷惑をかけた時の姿勢です。


今自民党の議員がお騒がせです。
HPを見ると、相変わらず総理との握手が流れ、長男誕生の報告がトップだ。
長男が出来、育児休暇を求めながら、女性タレント浮気、という報道により、辞職を決めた後でもHPだけはきれいだ。


記者会見で、悲痛な表情を見せるかのようにして、行動を詫びる姿を見た。
しかし、その後の記者質問に入ると、表情は一遍。何か対決ムードを感じる表情だった。
街ゆく人へのインタビューでは、やはり、余り反省しているように見えなかったという意見が多かった。このまま育休不倫と言う新しい造語が定着してしまうのだろうか。


誰でも間違いをおかすのです。
自分に人を責めたり裁いたりするほどの人格がありますか?
問題は一つなのです。
間違いをおかしたということに気が付いた当の本人が、誰に何と言われようとも心から反省し、どんな結果でも素直に受け入れる心があるかどうかです。


先の、政務活動費をカラ出張で横領していた議員はどうでしょうか。
やはり、まずHPを見てしまいます。
トップはやっぱり笑顔です。
そしてその下に字間もなくぎっしりと書かれた、報道や諸機関への脅しが書いてあります。
とにかく私が不愉快に思えるようなことをしたらすぐに訴えますよと、書いてある。
そしてその下にようやくお詫び。
当初は素直に罪を認めて返金までして、議員を辞職して裁判に臨んだのに、一転して無罪主張。明らかに、誰の目にも耳にも、そんな主張は通らないと分かるのになぜ?という感じ。


その陰でもう一人、やはり女性問題で話題になっている議員さんもいて、こちらは辞職の意志なし。HPを見る。笑顔だ。全体に明るい雰囲気で盛り上がっている。
公職というのは好色なのか。私たちとは立場も違う、社会的に目を向けられ、公的な責任を持つ人が、それで良いのか、と誰でも思うことでしょう。


彼らがしたことを責める気はありません。
人間である以上、自分だってどこかで質は違ってもなにか間違ったこと、人を困らせるようなこと、人を悲しませるようなことを、一度や二度はしているはずだ。
あるいはしていたことにも気が付いてもいない。


自分には欲がなく、自分を捨ててでも人のことを思い、分け隔てなく人と接し、常に真面目で勤勉で、一生懸命に生きています、と確信を持てるなら、きっとそういうこともなかったかも知れません。
大抵の人はどこか落ち度がありそうです。
だからこそ生きる意味がある。
そして人のことは責められない。


ただ、問題を起こして世間に迷惑をかける人をみた場合、その人には深く反省してもらいたい、反省していると分かる姿を見せてもらいたいと思うのは当然です。
それはその人のためでもあるからです。人生を変えるチャンスなのにと思います。
世間に影響力のある、政治家さんたちや、タレントさんのような人は特にその姿勢は問われるべきだと思います。
子供たちも見ています。
間違いをおかしても舌先三寸、言い訳や嘘ばかり、あるいは何一つ記憶がないとか言って、明らかに強引にごまかそうとする大人の姿勢。それをじっと見ています。


昔、人から聞いて、今も確信していることがあります。


人間の本性は、年を取るほど顔に出る、ということです。


もちろん、すぐに分かる、という訳ではありません。
しかし、少し多めに接してみると分かる。
愛想良く、真面目そうに見えるが、一瞬表情を歪ませる時に本性が出る。
それどころか、常にいびつに恨んでいるような顔もある。
本当に心から穏やかで、優しいご老人こそ、一瞬の表情にそれが出る。
中には、強面の顔をしているために誤解をされるような人もいますが、やはり、接する機会が増えると、ああ、この人はいい人だ、と分かる。笑顔に人の好さが出る。


先ほどの議員さんたちもそうだが、若い人の方が分かりにくい場合がある。
光ある方の面を向けられて、未来への抱負を語られるとそれに騙される。
それはまだ、若いだけに修正するのりしろがあるってことなんだと思う。
どっちにも転ぶ不安定さがあり、未来多き、白紙の部分が多いから、分かりにくい。
だからこそ、間違いをおかしたその時にこそ、真の反省をして自分を変えるべきだと思う。


ところで、病気は顔に出る?
それは案外分かりません。
最近までつやつやでふっくらしていた人が急に痩せこけて色が悪くなる。
これはおそらく、無茶苦茶なダイエットの結果でもなければ、病気の姿なんだろう。
大抵はお顔を拝見しただけでは分かりません。


しかし足には必ず何かが出ている。
ここが不思議。
足指を触り、爪の色形を見、小指を揉んで、足の甲を見る。
大体、この辺りで何か持っているかどうか、あるいはこれから困ったことになるかが分かる。
病気は足に表情を見せます。
病気は歪んだ、恨んだ顔になってます。
これをピカピカの笑顔にするには、心の憂さを取り払い、反省しなくてはなりません。
官足法では、老廃物が心の憂さと同義なのですが。
物質の問題だけでなく、心の在り方。
健康と無関係とは思えないのです。


店長でした。



  • 2016.02.18
  • 10:49

不眠症と睡眠相後退症候群

店長です。


不眠症とは何でしょう。


眠りにつくことが困難な症状。
言ってみればそんなこと。


眠れないまま3日、一週間・・・
それはない、いつかは眠れる。
だとしたら、不眠ではなく、睡眠不順と言っても良いのではないだろうか。


生活がある。
自分以外の家族がいる。
自分だけ夜中に目が冴えて、テレビを見るのもはばかられる。
出勤はいつも通り。


寝よう寝ようと思うと余計に眠れない。
寝ようと思わずに他のことを考えている内に眠れることも多い。


原因は何か、なんてなかなか分かるものじゃない。
内臓が痛む、怪我が痛む、心が痛む、全て不眠症につながる。
更年期障害、運動不足、暴飲暴食、これだって不眠につながる。
神経伝達の途中にある受容体の過敏症、これはもともとストレスが長引いたことの産物だが、もとに戻すには同じくらい長くストレスのない生活をする必要がある。
親指だけ揉んでりゃあ治ります、というのは余りにもいい加減な発言になる。


結局はともかく不眠症だけ治りゃあいい、なんて考えずに、健全な精神は健全な肉体に宿るという諺を信じてみて、完璧な健康体質に生まれ変わって来い。
それなら不眠症の改善法も語りつくせるだろう。
これが、何様店長の本音となる。
でも健康で何が悪い、でしょ?


また私事ですけれど、16年も前に病気の巣だった私だって、床についた時は瞬時に眠れていました。
それもそうだと思うのが、朝5時に起きて出勤、帰宅は早くても深夜。終電に何とか間に合うか間に合わなくて会社に泊まるか、そんな生活を20年以上続けた。
家に帰ったら、ただもう早く寝たい、と思う。
妻には、絶対起きて待ってなくて良いと言い、朝はコンビニで済ませるから、何も要らない、お前だけは寝ていてくれ、自分に何かあった時に健康な伴侶がいないと困る。
そんな心境でした。


だから、不眠になる余裕もない。


ようやく7年前にサラリーマンをやめて、自由な今の生活を手に入れる。


ただ、習慣とは恐ろしいもので、それでも朝の4時5時には目が覚めてしまいます。
寝直そうとするが無理だ。


まだ家族は寝静まっているし、明かりを付ければ誰かの目には少なくとも瞼を通して光がまぶしいという家庭内事情だ。


仕方ないので、どうしても眠れなければ濃い目の酒を飲んでアルコールの力で無理に寝る。
あるいは、暗がりの中で3DSでゲームでもする。
時にはまだ暗いうちに外に出て散歩する。これはこれで淋しいものだ。
店も開いてない。


こんなことを数年繰り返したが、とうとうその日が来ます。


ついに寝直しができるようになったんです!


4時5時6時、何度目が覚めても何度でも寝直すことができる。


そして、家族が起き揃ってきた頃に起き上がる。


良かった。やった~!
それが不幸の始まりです。


体のリズム(自律神経)が狂い始めるのです。
やがては二度寝どころか、いつ目が覚めても眠いと感じるようになり、起きられない。
お昼近くまで寝てしまうことも。
そして食欲が失せる。
極端なら、一日中何も食べない。固形食がだめ。
うつ状態になる。
吐き気がする。
やる気が出ない。意欲がない。
睡眠相後退症候群とかいうのが当てはまるようだ。


もちろん、体は健康ですよ。どこも(内臓的に)悪い所がない。
そしてそれまでサボっていたウォークマットを踏みまくる。
陽を浴びて何時間も散歩する。これは自分の体で試すチャンスなのかと思い、ありとあらゆることをやってみる。
それでも完全回復するのに1年近くかかってしまいました。
今は、生活のリズムにようやく体が順応して、食欲も回復し、意欲も体調も万全です。


ただ、これほど健康自慢の私でも、生活リズムを完全に壊してしまうと、不調に1年ものたうち回る羽目になるということ。もの凄い教訓となりました。


無理に寝ようとしないこと。
睡眠薬に頼らないこと。
寝れるときには昼でも移動中でも寝ること。
ウォークマット踏んで親指揉んで。
要は翌日しっかりと起きて仕事ができるならいい。
人生、何とかなるもんです。


あとは少し、好きなことを書かせていただきます。
お忙しい方はここでお帰りください。


眠りには不思議な点があること。


例えば金縛り。


私は20代の頃に、この金縛りと言うものに苦しめられました。
目が覚めて、目玉は動くのに、それ以外の体が一切動かない。
声も出ない。
一度なんかは、大学の時に友達の家で、横になっている内についうとうとしたと思ったら、突然の金縛り。仰向けでなく横向きだったので、友達二人が話をしているのが見聞きできる。
苦しくて、助けを求めたいのに声は出ない。背中の後ろに暗黒があるような感覚がして寒気がする。そんな状態を数分続けてようやく解ける。情けない声を出して目覚めたものだから、友達が、何、今の、と言う。金縛りしてたと説明する、といった具合。


若い頃、妻が夜中に大声で、
「誰かが私の足を触った!」と叫ぶ声で目覚めます。
はああ、人騒がせな寝言、しかも気味悪い、と思ったけれど、そのまま妻は寝込んでいるので、時間が3時過ぎなのを見て、私も間もなく最就寝。
朝、電話が鳴ったので起きて出てみると、私の祖母が今朝がた亡くなったという。
そこで、はっと思い出したのが夜中の妻の叫びだ。
祖母の訃報を伝えたあと、寝言のことを妻に尋ねてみると、「全然覚えてない」という。
優しい祖母で、子供の頃良く可愛がってくれました。
私の伴侶の足をそっと撫でて、「よし坊をよろしくね」と言い、天国に行ったのだなあと思っています。亡くなった時間ともほぼ合っていました。


私は出身地の岡山県に高校卒業まで住んでいました。
祖母は私が小学生の頃から東京の親戚の家で暮らしていました。
たまに岡山に来ると、私の家に泊まってくれ、翌日に良くどこかへ遊びに連れていってくれました。
その日も岡山に来て家に泊まっていました。
祖母は隣の部屋。ふすまで仕切られた部屋です。
寝ていると、突然そのふすまが開き、祖母が立っていて、「よし坊、今日は京山に行かない?」というのです。京山というのは、京山ロープウエイ遊園のことで、規模は小さいながら、家からそう遠くない所にある、遊園地施設です。小さい京山という山の上にありました。
もちろん、即OK、ということですが、実はそれは夢。直後に目が覚めました。
何だ夢か、と思った瞬間、今度は本当にガラッとふすまが開き、おばあちゃんが立っていて、「よし坊、今日は京山に行かない?」というのです。
御祖母ちゃんに聞きました。「今のこと、さっきも言った?」すると、「いいや、初めて言ったよ、なんで?」て答え。
私の最初の予知夢です。その後も、何度かあり、見ても役に立たないものばかりでしたが、そんなことって現実にあるんだなあと実感しました。


他にも、寝ている時に廊下で居るはずのない人声がしたと思ったら、強い力で頭部の方から布団を持ち上げられて揺さぶられたり(夢ですがものすごく実感があった)、朝起きたらたびたび手が透明だったり(これは夢ではない)と、不思議なことが多くありましたが、店長の無駄話はこの辺でやめます、済みませんでした。


優しかった御祖母ちゃんのことをつい思い出して。


店長でした。


  • 2016.02.17
  • 09:59

The rose 心を癒すのは前向きの気持ち

店長です。


今日は足つぼ談義はしません。
興味のない方は読み飛ばして下さい。


私も心が傷ついたり哀しくなることはあります。
人間ですから当然ですね。
でもそのことにいつまでも囚われている訳にいきません。
そんな時に、自分だけに効く曲がある。
慰められる。
皆さまにもあると思います。
私の場合は、iTunesに数曲プレイリストを作り、ほんの時々ですが、鳴らすことがあります。


その中でも、次に紹介する、The rose(ザ・ローズ)という曲は、歌も良いのですが、歌詞が抜群で、いつも完璧に心が修復される思いがします。
だから、皆様の興味を引くかどうかは分かりませんが、ご紹介したく思います。
翻訳は私の方で勝手ながら意訳させていただきました。
正確じゃないとのご指摘はお受けできません(笑)。
曲は1979年にアメリカの映画「ローズ」で主役のベット・ミドラーが歌い、大ヒットしました。昨年、日本でも「アルジャーノンに花束を」というドラマの主題歌に起用されています。「愛は花、君はその種子」という邦題もあります。
また、余談ですが、「アルジャーノンに花束を」はダニエル・キイスという作家の名作で、1968年に映画化された邦題「まごころを君に」というSF映画を観て感動した記憶があります。生まれつき知的障害を持った青年が、科学の力で天才になり、人生の苦悩と喜びを走馬灯のように体験してまた元の知的障害者に戻るまでを描いています。
元に戻ることを知った時、主人公は死ぬのに等しいことを受け入れることになり、本当に切ない結末です。ですが、人間の尊厳は何か、というようなことを考えさせられる、良い映画(ドラマ)でした。


それでは。


The rose
薔薇


Some say love it is a river that drowns the tender reed.
ある人は言う。愛とは河のようなもの。傷つきやすい葦のような心を溺れさせると。

Some say love it is a razer that leaves soul to bleed.
またある人は言う。愛とは刃物のようなもの。魂に血を流させ続けていると。

Some say love it is a hunger. An endress aching need.
そしてある人は言う。愛とは飢えであり、終わりなき痛みを求めると。

I say love it is a flower and you its only seed.
でも私は愛は花だと思う。そしてあなたはその唯一の種子だと。


It’s the heart afraid of breakin’ that never leans to dance.
傷つくことを恐れる心がある。でもそれではダンスを学べない。

It’s the dream afraid of wakin’ that never takes the chance.
夢から目覚めたくないと思う。でもそれでは永遠にチャンスは来ない。

It’s the one who won’t be taken who cannot seem to give.
誰にも心を開かない人。それは与えることの喜びを知らない人。

And the soul afraid of dyin’ that never leans to live.
死ぬことを恐れ、生きることを満喫できない魂。

When the night has been too lonely and the road has been to long.
夜がひたすら淋しいと感じ、道が遠すぎると感じる時には、

And you think that love is only for the lucky and strong.
そして愛は幸運で強き者にしか与えられないと思ったら、

Just remember in the winter for the beneath the bitter snows, 
きっと思い出して欲しい。真冬の身を切るように寒い雪の下にも

lies the seed that with the sun’s love in the spring becomes the rose.
種は埋まっていることを。そして春には降り注ぐ陽光に満たされ、
薔薇の花になろうとしていることを。



人間だから、誰にでも恐れはある。
だからと言って逃げてはいけないし、後ろ向きになってもいけない。
不幸を嘆くより、前向きに生きよう。


そんなメッセージをひしひしと受け取れるのです。


人生は気持ち次第。
全く同じことでも、不幸にも幸福にも感じることができる。
どうせなら、幸福を感じる考え方をしてはどうでしょうか。


店長でした。





  • 2016.02.16
  • 12:58

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