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自分が可愛い だからこそ人を思いやろう

店長です。


限られた人生です。
自分のためにしたことは何も残らないが、人のためにしたことは残る。
そう思った方が良いと思っています。


私の祖父の妹(大叔母)は戸野村操と言って、「おばあちゃんの知恵」など、家事の裏技などをまとめた本を多数出版していました。日本女子大学の名誉教授でした。
と言っても、私はこの方を知りませんでした。
19歳で上京、27歳で結婚し、40歳を過ぎるまで、同じ東京に住んでいて、会ったことがありません。
私は親の勧めで自分で電話をし、一度会いに行ってみました。
実際に会ってみると、たびたび会いたいとは思わなかった。
ご本人の名誉のため、それ以上はノーコメントです。
生涯独身で亡くなりました。


本も沢山出版し、弟子のような人たちも家に出入りし、多趣味でした。
詩吟をし、皮工芸をし、特に書を大事にしていました。
それは折り曲げも巻きもせず、1枚1枚、間に白紙をはさみながら、板の間に積み上げられていました。


マンションでしたが、老朽化して取り壊すことが決定したので、ある日、引っ越しを手伝って欲しいと言うので、訪ねました。
引っ越しの業者がほとんど運んでくれるものですから、さほどすることもありません。
次々に所狭しと積まれた、趣味のものなどを運んでゆくわけですが、その度に、「これはすごく大事なものだから、ちょっとでも傷つけることは許されない」と言い、係りの手を止めさせます。特に習字の紙は破れやすいので本当に必死でした。


とっくに80歳を過ぎるご高齢でしたから、引っ越しの後、2年ほどして自宅で倒れ、入院したとの知らせ。板橋区の病院でしたが、行ってみると一つの部屋に10人以上の白髪のご老人女性が、ベッドを連ねているのです。
見た目が誰も同じようで、順番に一人ひとり顔を見て回り終えたのですが、見つけることができません。そもそも、倒れる前は髪を黒く染めていたのが、白髪に戻って、それだけで見分けがつきにくくなっています。
部屋全体が白。
ベッドもシーツも布団も白。
着衣も白、髪の色も白。
肌の色も悪く白っぽく、皆痩せこけて、それはある種、不思議な光景でした。
ようやく見つけた大叔母は、声をかけると、元気もなく、弱弱しく、か細い声で応えました。


その大叔母も間もなく亡くなり、同じ東京にいる親戚(私の父の姉の家族)が、遺品などの後片付けをしました。一度だけ私も呼ばれ、大叔母の執筆した本や、寄贈された本がたくさんあるが、欲しいものがあれば持っていけというので、数冊選んで持ち帰りました。これが唯一の形見分け。


大叔母がものすごく大事にしていた趣味のものや、習字の書などは、価値もないということであっさりゴミに出されてしまいました。
人のために書いた本は今でも残り、自分のために集めた趣味のものは、死後全て処分される。
この現実を見て、心に残るものがありました。


そして、生涯自分の思う通りに生きることは構わないが、何も残らない、ということ。
姪孫(てっそん)という、遠い親戚かも知れないが、私にはその程度の記憶しか残らなかった。
それは、大叔母自らは何も接する気がなかったことの結果。
それが悪いということではない。
亡くなる時に全てが満足であればそれも良しだ。
そもそも自分の痕跡を世界に残してゆこうなんて思ってもそうそうできるものではない。
70億人もの人間がいる。


ただ私はできるだけ自分以外の誰かを意識して生きていきたいと思っています。
それが家族だけでも良しとします。
それは普通では?と思うかも知れませんが、意外とできないもんです。


自分が可愛い。
自分だけでも健康で長生きしたい。
お金持ちになって好きなことをしたい。
大きな家に住んで、人々に尊敬された。
そんなことはただの一度も思ったことない?
思うのが人間です。
思いながらも、誰かのために何かしたらいい。


そんな矛盾へのチャレンジ。
それを人生だと定めていようと思います。


店長でした。


品川プリンスホテル 姪の謝恩会に呼ばれて

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